講師:松永和紀氏(科学ライター、JFJ会員)
平成23年5月27日(金)、18:30~20:30
於:東京ウイメンズプラザ会議室
参加者:43名
まとめ:佐藤達夫
平成23年度の最初の勉強会は、日本国民のみならず世界中から注目(心配?)されている食品の放射能汚染について学ぶことになった。講師は、科学ライターの松永和紀氏。このところ、マスコミで連日報道されているテーマであるからか、広くはない会議室に座りきれないほどの参加者があった。
■1mSvと100mSvの間のブラックボックス
松永氏は、ベクレルとシーベルトの関係、あるいは、体外被ばくと体内被ばくの違いなど、一般の市民を対象にした講演会であれば欠かすことのできない基礎知識は、今回の勉強会ではあえてごく簡単な解説にとどめた。主として、報道する側の人間が抑えておかなければならない点に絞って、重点的に解説した。
松永氏は、放射線被ばくの健康被害がわかりにくいのは、科学的に明らかになっていない要素がいくつかあるからだという。
たとえば、放射線の影響を考えるときには、私たちが浴びる放射線の「量」がどれくらいなのかということを必ず考慮しなくてはならない。「0」なのかあるいは「100」なのかで判断してはならない。つまり、まったく放射線を浴びなければ安全で、わずかでも浴びてしまえば健康を害するというものではないということを、知っておかなければならない。
私たちはつねに自然界から放射線の影響を受けている。それでも、その悪影響が直ちに出ないのは、受けた悪影響を自分で修復する能力を持っているからだ。私たち日本人が自然界から受ける放射線の量は、一人当たり一年間に1〜1.5ミリシーベルト(以下mSvと略)と見られている(世界平均では2.4mSv)。
一方で、100mSvの放射線を浴びると、わずかながら(0.5%)ガンの死亡リスクが増加することもわかっている。これより少ない線量については、疫学(人の環境や生活習慣などと健康影響の関係を、大規模な人数を対象とした調査により明らかにする学問)による調査では今のところ、リスクを見出されていない。これは、リスクがないことを意味するのではなく、放射線被ばくによるリスクが小さいために、ほかのさまざまながんを発生させる要因(喫煙や紫外線、食品中の天然の発がん物質など)に隠れてしまい、リスクを区別できない。
■高齢者にあっては健康被害は考えなくともよい(!?)
放射線報道がわかりにくい二つ目の原因に「閾値(いきち)」の問題がある。
化学物質の生体への影響については、物質の量が多くなればその影響も大きくなり、逆に、量が少なくなれば影響も小さくなるというのが普通の現象だ。たとえば、農産物の残留農薬が少なければ健康への悪影響は小さくなる。
このとき、残留農薬の量がある限界を超えて少なくなると、そこからは健康への悪影響がなくなる値がある。この値を閾値といい、閾値が見つかった成分では、それ以下であれば安全という評価が与えられる。
では、放射線でもこの閾値があるのか、それとも放射線には閾値がないのか、が重大な問題だ。閾値がなければ、私たちが浴びる放射線量は「少なければ少ないほどいい」ということになる。
多くの科学者は「放射線にも閾値がある」と考えているようだが、「放射線には閾値がない」という科学者もあり、結論がまだ出てないというのが現状だ。そして、国際機関や政府機関もより安全側に立った考え方として、「閾値がない」ということを前提にして、方針や施策を決めている。このことが、放射線の健康影響問題を複雑にしていると考えられる。
さらには、子どもや妊婦(胎児)への影響も不明の点が多いという課題も残されている。チェルノブイリの原発事故等の研究から、子どもにおいても、100mSv未満の放射線量では、甲状腺ガン等への悪影響は見られないという結論が得られているという研究者が多いのではあるが、「そうではない」とする研究者もある。
☆
松永氏は、これ以外にもさまざまなデータを示しながら、慎重に論理を展開した。最後に、少なくとも現時点(福島原発の状況がこれ以上悪くならないという仮定で)のまとめとして、次の3点を提示した。
- がんは、細胞のDNA損傷に始まる。しかし、DNA損傷から発ガンに至るまでには、10~20年以上かかると見られている。少しくらい被ばく量が多くても、50歳以上の人は放射線被ばくによってガンになる前に別の要因で死亡する可能性が高い。50歳以上の人々にとって、今回の放射線被ばくは事実上、健康への懸念とは無関係だ。ただし、子どもについてはしっかりと対策を講じ、検証していくことが必要。
- 私たちは放射能の影響だけを考えて生活するわけにはいかないので、浴びる放射線量を少なくすることの損益と利益の両方を考えなければならないだろう。
- 報道者として、「いま原発がどうなっているのか」を知るための情報公開は、もっと厳しく追及すべきではないか。
最後に設けられた質疑応答タイムでは、制限時間をオーバーするほどの議論が交わされたが、ここでは割愛する。
★なお、松永氏はこの4月からFoocomNetという、科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体を立ち上げた。その活動内容はFoocomというサイトに公開されているので、ぜひ一度訪ねてみてほしい。http://www.foocom.net/