・講師:近田康二氏(畜産専門記者・中央畜産会「月刊畜産コンサルタント」編集部)
・平成23年10月31日(月)、18:30~20:00
・於:東京ウィメンズプラザ会議室
・参加者:27名
・まとめ:近藤真規
■世界の生肉文化
世界にはさまざまな生の食肉料理があります。日本でもよく知られているタルタルステーキは、中央アジアの騎馬民族タタール人が戦いの時に乗っていた馬をつぶして食べたのが起源とされています。ドイツのハンブルグで労働者向けの食事として流行していたタルタルステーキを焼き固め、ソースで味付けしたのがハンバーグの始まりといわれています。
ヨーロッパ各国には独自の生肉料理があります。ドイツのメッツヴルストは、「メッツ」は生、「ヴルスト」はソーセージの意味です。塩コショウやハーブなどで味をつけたペースト状の豚ひき肉で、パンに塗って食べます。
イタリアのカルパッチョは、本来は生の牛肉の薄切りにマヨネーズソースをかけたものですが、日本では生魚のカルパッチョもありますね。
イタリアのカルネクルードは、「カルネ」が肉、クルードが「生」という意味ですが、牛ひき肉に塩コショウ、オリーブオイル、レモン汁をたらして食べます。
トルコのチーキョフテは、チーがトルコ語で「生」、キョフテが「肉だんご」を意味します。ナンの薄いものに包んで食べます。
タイのソックレックはタイ版「ユッケ」。韓国のユッケは朝鮮伝統のフエ(膾・なます)料理です。
今年、食中毒事故で大きな社会問題になったのがユッケですが、ユッケに使う肉は、脂がない、筋がない、柔らかい、ぱさぱさせずに適当な水分を含んでいることが条件です。内ももは柔らかく、赤身肉で丁度良く、ユッケに用いられる部位です。大きい部位なので内部が汚染されていないというメリットがあります。その中でも、中の部分に当たる「シンシン」は貴重品で1頭の牛から4㎏しか取れません。そこで一般にはもも肉やロースなどの赤身肉もユッケに使われています。つまり、最終的には生食できる赤身肉なら何でも良いのです。しかし、赤身だけだと脂が少なく満足できないため、卵を加えるケースが多いようです。
■ユッケによる食中毒事故以降
食肉流通は年々変化し、ユッケ肉としては、現在は柵どりした肉を真空包装したものが出回っているのですが、今回の焼肉店におけるユッケ食中毒事故の原料牛肉は、どこかの段階で細菌汚染されたものが出回ってしまったのが要因だと考えられます。
消費者庁と厚生労働省は、あわてて生食用食肉に関する規格基準を出しました(9月12日告示、10月1日から適用)。規格基準、表示基準に違反した場合、食品衛生法に基づき、行政処分および罰則の対象となります(2年以下の懲役または200万円以下の罰金)。
この規格基準の中で、「腸管出血性大腸菌のリスクなどの知識を持つ者が加工および調理を行う」とありますが、現実問題として、一般のレストランでこうした知識がある人は少数です。また、半年の短期間であわてて規格を作ったのは異例で、業界団体からは、関係団体の意見を聞かずに規格を作成したため、反発の声も挙がっています。食肉店の業界団体である「全国食肉事業協同組合連合会」、「全国食肉生活衛生同業組合連合会」、卸の団体である「全国食肉業務用卸協同組合連合会」、内臓を扱う業者の団体である「日本畜産副産物協会」、焼肉店の団体である「事業協同組合全国焼肉協会」、加工食肉の団体である「日本食肉協会」が、10月4日、連名で規格基準設定変更と、運用方法について厚労省に要請しています。
今回の規定では、牛レバーや鶏肉、馬肉は対象外になりましたが、腑に落ちないという業者も多いのです。ユッケにかわる新商品として、あるレストランでは、「レアステーキユッケ味」としてブロック肉の表面を軽く焼いて薄くスライスし、ユッケのたれで食べる商品を提供するところも出始めました。
また、規格基準では、「牛肉の表面から1cm以上の深さのところを60℃で2分間以上加熱する方法またはこれと同等以上の方法で加熱殺菌すること」とされました。これに対して、実需者らは「加熱した部分を削りとって商品化すると歩留まりが3~4割になり、1皿2000円以上にもなって商品として成り立たない」「加熱とその後の冷却施設、細菌検査など費用がかさみ、食肉業者の負担が大きい」と反発。2000円もしたら食べる消費者がいなくなり、ユッケの売上自体が低下するので、業界としては大きな打撃となるわけです。
ユッケに使われる牛もも肉は、ローストビーフやチンジャオロースに使われるくらいで、市場では常に売れない部位なので、在庫となってしまう懸念もあります。ユッケとして利用されるから、はけているというのも実情で、ユッケが売れなくなると、業界は困ってしまう一面もあるのです。
しかし、ユッケユッケと日本人は騒ぎますが、日本ではユッケを食べる歴史は浅く、馬刺のほうがよほど歴史があります。
馬肉は熊本県と長野県に専用工場を有する専門業者があり、肥育からと畜・加工まで一貫して行っています。熊本の業者は20年前からHACCPによる衛生管理システムを導入しており、これまで大きな事故は起こっていません。馬の場合、アンコウのように肉を吊って削るため、まな板に触れないので汚染機会が少ないのも特徴といえます。
長野県の業者の場合は、カナダ産の輸入馬肉を主体に使っていますが、ここでもHACCPシステムで厳密に管理しており、記者が取材に行っても中には入れてくれません。かなり気をつけています。
いずれの食肉にしても、家畜は健康な状態であっても腸管内などにカンピロバクター、腸管出血性大腸菌などの食中毒菌を持っていることが知られており、家禽もカンピロバクターやサルモネラ属菌を保有している場合があります。一方、今日の食肉または食鳥処理では、これらの食中毒菌を除去することは困難とされています。従って、食中毒予防の観点から、若齢者、高齢者のほか、抵抗力の弱い者については、生肉などを食べないよう、食べさせないようにするのが賢明だと思います。どうしても食べたい人は自己責任で!と私は言いたいし、自分も自己責任でレバー刺しもユッケも食べています。
■おいしい牛肉の話題
今日本でもてはやされているサシの入った霜降り牛肉は、濃厚飼料をふんだんに食べさせ、あまり健康体といえない状態も少なくありません。肥育後期にビタミンAをコントロールするとよくサシが入ることが分かっています。
もっとも高い評価のA5等級の肉は、粗脂肪率が50%以上もあります。A5のなかでも霜降りの度合いを示すBMS(beef marbling score)の12の場合、60~70%が脂肪です。霜降り肉は、脂を食べるようなものなのです。10年ほど前のA5等級の牛肉の粗脂肪は40%だったことに比べても、ちょっと脂肪が多すぎる感じがします。研究者や流通業界からも、過度な霜降りを是正すべきとの声が高まってきているのも事実です。
こうした中、霜降り肉信仰ではなく、違ったおいしさの指標はないかと、注目をされているのがオレイン酸です。不飽和脂肪酸の1つで、宮崎大学農学部の入江正和教授が研究しているのが不飽和脂肪酸の1つ「オレイン酸」です。入江教授は「サシがあるからといって美味しいわけではなく、オレイン酸が風味を増している」として、オレイン酸の含有量を測定する機械を開発しました。和牛のオリンピックとされる「全国和牛能力共進会」が2012年に長崎で開催されますが、この時にはオレイン酸の含有量も評価の1つとされます。目視によるサシ一辺倒の評価から、科学的な評価へと徐々に評価がかわりつつあります。
和牛は、と畜後、死後硬直を経て、最低でも1~2週間熟成したほうがおいしいとされています。輸入牛肉や乳牛も、熟成したほうがおいしいのです。熟成はおいしさのポイントです。エスフーズ、スターゼン、滝沢ハムといった食肉企業が1ヵ月前後ドライエージングした牛肉を取り扱い始めています。1カ月お金を寝かすことになりますが、プレミアムがついています。これからの牛肉流通業界が取り組んでいく課題の一つといえます。
通常和牛は10カ月間、繁殖農家のところで育てられ、20カ月間肥育農家で育てられます。ですから、30カ月齢で出回るのが一般的です。アメリカ産牛肉は、BSEの関係で今は20カ月齢以下のものしか国内には入っていません。米国は30カ月齢も認めるよう要求しています。30カ齢のもののほうが実はおいしいのです。オーストラリア産は穀物を給与したGRAIN FEDのものがおいしいと思います。
この業界に入ったばかりの新人のころ、大ベテランが「昭和20年頃は、農作業に従事させた4~5歳の使役牛を食べていたのだが、これが1、2カ月熟成させるとものすごくおいしかった」という話をしていたのを覚えています。当時から「今の牛は水っぽくて駄目だ」と言っていました。長期肥育や放牧による飼養方法でおいしい牛肉を生産することも再考すべきでしょう。
■豚肉のおいしさについて
日本の豚肉は、世界的に見てもおいしいと思います。日本の消費者は味にうるさく、適度に脂がのった肉が好きなんです。世界の養豚先進国のトレンドはリーン志向です。つまり、脂肪が薄く、赤身がたくさんとれる肉を求めて、閉鎖的に育種・改良した「ハイブリッド豚」が増えています。
ところが日本では脂肪が重要視されます。もっとも一般的なのは「LWD」といって、ランドレース種と大ヨークシャー種を掛け合わせた雌に、デュロック種の雄を掛け合わせた三元交配豚です。最後にかけあわせる雄を「止め雄」と言いますが、Dの部分が何かによって、肉質が大きく変わります。デュロック種は、脂のやや厚い肉で、ロース芯にサシが入った柔らかい日本人好みの豚肉となります。
生産性は落ちますが、さらにおいしい豚肉にするために、黒豚のバークシャーや中国の金華豚を止め雄に使うケースもあります。ブランド豚で有名な「東京X」は、中国系の黒豚を掛け合わせ、ロース芯にサシが入るようにしています。
最近、注目されているのがエコフィードです。食品産業や家庭から出る食品残さが年間2200万トンありますが、利用されているのがわずか800万トン。残りは焼却したり埋め立てされています。ここ数年、国もこうした食品残さをエコフィードとして使い、飼料自給率を上げようと熱心に取り組んでいます。
特にパンのくず、賞味期限切れのうどんなど、小麦由来のものが好まれています。焼酎の搾りかすなども利用されます。一方で、家庭用残さなどは、成分がバラバラで均一化できないため、肥育する側からは好まれません。豚に小麦由来のエコフィードを給与すると、ロース芯にサシが入り霜降り、肉となることが分かってきました。タンパク質のリジンが不足することによってサシが入ることも解明されています。
こうしたエコフィード給与の霜降り肉をブランド化する動きも広がっています。大阪、愛知など、全国に多数あります。実際に、東京Xと変わらないくらい、サシの入る豚肉が出ています。資源循環、餌代の削減にもなり、さらに差別化にもつながると、ここ4、5年盛んになっています。いよいよ、国によるエコフィードの認証制度ができ、今年5月からスタートしています。
■情報提供
時間が限られているため、最後に2つほど情報提供をしたいと思います。
まず第1が、口蹄疫後の宮崎県の状況です。先日、被害の大きかった川南町と都城市に行って取材してきましたが、牛・豚ともほぼ半分は復興を遂げていました。しかし、これ以上の復興は難しいようです。その理由は担い手の高齢化が進んでいることと、後継者がいないことが大きい。補償金をもらっても、新たに投資して経営を再開するにはあまりにも大きな痛手だったことが窺われます。
最後のもう1つの情報提供は、東京電力福島第一原発事故による畜産への影響です。2週間ほど前に、品川の東京都食肉市場に行き、牛枝肉の競りを見ていましたが、放射性セシウムの全頭検査を行って暫定基準値以下の枝肉しか上場されていませんが、福島産ということで、通常時の半分以下の値段しかついていませんでした。A4クラスで1000~1200円、B2なら200円、300円という価格です。もちろん1㎏の値段で、豚肉並みかそれ以下。風評被害を目の当たりにして、生産者の悔しさを共有した次第です。
また、家畜のふん尿処理が、現地では大問題になっています。法律でふん尿は、屋根つき、コンクリートでできたたい肥施設に保管しておかなければならないため、ふん尿が毎日出ているにも関わらず、どこにも動かせないのです。除染した土をどうするかに追われ、ふん尿まで手がつけられていないのが実情です。畜産農家が一番大変であるということを添えて、終わりにさせていただきます。ありがとうございました。