・講 師:丸山潤一(東京大学大学院 農学生命科学研究科 農学博士)
・日 時:2015年7月21日 18:30~20:00
・会 場:東京ウィメンズプラザ第一会議室
・参加者:37名
・まとめ:村上真一
■勉強会の狙い
日本酒、醤油、味噌などの醸造に使用され、いわば日本の食文化を支えてきた「影の主役」とも言える麹菌。意外なことに、その全貌が解明されたのは、実はつい最近のこと。2005年、産学官研究グループによってそのすべての遺伝子配列が解読された麹菌(アスペスギルス オリゼー)は、日本において独特に進化したことが明らかになった。
人の手によって選抜改良された、日本で「家畜化された微生物」である麹菌は、「国菌」にも指定されている。本勉強会では「麹菌入門」として、基礎的な知識を学ぶことを目的とする。
■麹菌とは何か?
麹菌の「アスペルギルス・オリゼー」の語源は、胞子形成の形態がアスペルギルム(カトリックで聖水をふりかける道具)と似ていて、イネ(オリザ属)に生えることからついた。
麹菌は酒、醤油、味噌、酢など、和食の味を支える調味料の基となるもので、2006年には日本醸造学会により「国菌」に認定。日本を代表する微生物とされた。2013年には、和食がユネスコ無形文化遺産に登録。同年12月15日にはNHKスペシャル「和食 千年の味のミステリー」も放送された。日仏国際共同制作でヨーロッパでも放送、さらに映画化もされ、「千年の一滴 だし しょうゆ」(柴田昌平監督)は第6回辻静雄食文化賞を受賞した。
■麹菌の持つ、日本の食への役割
日本酒の製造においては、蒸し米に麹菌をまくことでデンプンの糖化を促進。糖化とアルコール発酵が同時に進む「並行複発酵」を進める役割を持つ。醤油の醸造では、大豆のたんぱく質が麹菌によってペプチド・アミノ酸に分解され、旨味へと変える作用をする。
麹菌は醸造以外にも活用されており、「近代バイオテクノロジーの父」と呼ばれる高峰譲吉は、消化酵素「タカジアスターゼ」を生み出した。ほかにも、遺伝子組み換えにより有用たんぱく質の生産にも使用されている。
■知られざる、麹菌の細胞内世界
麹菌はそもそもはカビである。細胞内のつくりや、菌糸をどのようにはり巡らせるのかを、GFP(緑色蛍光たんぱく質)により可視化。菌糸には核が多数存在するなど、その仕組みが解析された。
それにより、菌糸は多細胞生物であることが判明。細胞同士に連絡もあり、菌糸の先端が破損(溶菌)しても、2番目の細胞が生え、隔壁を補修するなどの生態が観察された。
さらに麹菌はビタミン合成も行っており、塩麹や甘酒の麹菌などのこうした機能性を食品に活かせないか、研究が進んでいる。
■麹菌はどこから来たのか?
記録によると、「播磨風土記」に米麹を糖化に用いた酒造りの記述がある。1246年には京都・石清水八幡宮領内に「麹座」が設置。それが文安の麹騒動(1444年)で崩壊。室町期に種麹屋、俗に言う「もやしや」が起こったとされ、現代まで続いている。現在は全国に約10社存在し、日本各地の造り酒屋に種麹を販売している。
2005年に、麹菌のゲノム配列の解読が、「ネイチャー」誌に掲載。麹菌がどこから来たのかの、手掛かりとなった。その祖先はアスペルギルス・フラバスという菌で、毒性のあるアフラトキシンを生産する特性がある。アスペルギルス・オリゼーはアフラトキシンを生産せず、αアミラーゼ遺伝子を2~3コピー保有する点が異なり、酵素の生産性が高い株が選択され、醸造に適した菌となっていった。
アスペルギルス・オリゼーは光に応答する性質もあり、暗いところで胞子を形成する。これは家畜化される過程で、暗所で胞子をたくさん作る株が選択されてきたからか。またアスペルギルス・フラバスが核を一つしか保有しないのに対し、アスペルギルス・オリゼーは3~4つ保有。遺伝的に安定しており、醸造利用に適している。一方で変異株の取得に手間がかかる。
■麹菌は日本人が家畜化した微生物
もともと有毒だったアスペルギルス・フラバスを、日本人が「飼い慣らした」のが、アスペルギルス・オリゼー。
一方、野生の形質が失われているため、交配育種ができないのが問題。現在、2つの異なる株を使って、細胞融合に取り組んでいる。細胞融合能と有性生殖能により交配可能になれば、今までにない高機能の麹菌による食品が発見できる期待がある。例えば吟醸酒用の麹菌、呈味性ペプチド高生産麹菌、ほかビタミン高生産の麹菌の機能性食品などが期待される。
今後、こうした麹菌の機能性を模索していきたい。