・講 師:石井克枝氏(千葉大学名誉教授、(一社)日本調理科学会監事、
日本家庭科教育学会監事、IDGE(子どものための味覚教育研究会)会長)
・進 行:田尻 泉(JFJ副代表幹事)
・会 場:東京大学大農学部 中島董一郎記念ホール
・参加者:25名
・文 責:田尻 泉
言葉はその国の文化の礎で、文化の伝承には言葉が欠かせません。言葉が
あって初めて概念が伝わります。新しい文化が生まれると新しい言葉が生
まれます。一方で、言葉が消えたことで消えた文化も多くあります。調理
の世界でも、時代の移り変わりとともに使われる言葉が変わってきました。
調理科学並びに家庭科教育の第一人者として知られ、小中校の教科書の編
纂にも携わる石井克枝氏を講師にお迎えし、日本の調理文化の変遷を言葉
の変化の観点からお話いただきました。
今も昔も人間は調理操作を経た食べものを食べています。しかし、大学の授業では学生に伝わらない調理の言葉が増え、小学校では家庭科の教科書の記述に対する保護者の質問が増えていると石井氏は言います。調理は行われているにも関わらず、伝わらない、あるいは理解できない言葉が増えているのはなぜでしょうか。
調理の言葉の変化には、3つの要因があります。まず一つ目は、生活様式の変化。二つ目は、食材の変化。そして、三つめは従来の調理法の分類に当てはまらない新しい調理法の出現です。そもそも調理手法は生活に根差した言葉で表されてきました。逆に言うと、生活の中から消えたものはその言葉自体が伝わらなくなっていくということです。調理される過程を見ることなく食卓に並んだものを食べることが増えていることも生活様式の変化の一例と言えるでしょう。加工食品の調理法だけでなく、原料すら分からない人も増えています。二つ目の食材の変化の例としては、米を研ぐのではなく洗うと言うようになったことが挙げられます。精米技術が進化し、表面に残るぬかが少なくなったことで研がずとも洗うことで同等の食味を得られるようになりました。洗米による排水の水の汚染の問題も背景にはありますが、精米された米の状態が変わったことにより研ぐ必要が無くなったのです。新たな調理法の出現の最大の例は電子レンジです。電子レンジによる加熱はそれまでの調理の概念とは全く異なるもので、従来の調理を表す言葉ではない新たなことばが必要となりました。
石井氏は、食材の変化や新しい調理法の出現により言葉が変わるのは止められないが、自分が食べているものが何か、あるいは何からできているか、どう調理されたものなのかを知らないまま食べていることで言葉が失われていくことに警鐘を鳴らしています。「蒸す」と言う言葉が2017年の中学の家庭科の学習指導要領で復活した例もあります(2021年には教科書でも復活します)。これは、和食が再注目されるようになったことによるものです。自分が食べているものとしっかり向き合うことが、言葉も文化も守ることにつながります。