食料安全保障と高まる農政リスク
【2023年度第3回勉強会】

・演 題:食料安全保障と高まる農政リスク
・日 時:2023年7月24日(月)19時~20時30分
・講 師:山下一仁
  (キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹、(独)経済産業研究所上席研究員(非常勤))
・進 行:中野栄子
・参加者:会場参加18名、オンライン参加48名
・文 責:中野栄子
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人口増加や気候変動による世界的な食料需給ひっ迫のおそれ、ロシアのウクライナ侵攻に端を発した小麦価格の高騰、中東やサブサハラ地域での飢餓の発生、多くの国による輸出制限の発動……。こうしたなか、日本の食料安全保障について注目が集まっている。食料自給率も低い日本が買い負ければ、食料危機に陥るのではないかとの不安をあおる言説もとびかっている。本当に日本で食料危機は起こるのか、起こるとすればどのようなものか、それを乗り切るために、政府はどのような食料・農業政策を実施すべきなのか、農林水産省時代以来、この問題に取り組むキヤノングローバル戦略研究所の山下氏に解説してもらった。

「結論から言えば、日本では食料危機は起こらない」……山下氏はそう断言した。日本の飲食料の最終消費額に占める農水産物の割合を見ると、国産農水産物13%、輸入農水産物2%、その他(加工・流通・外食)85%であり、地政学的な問題で輸入が制限されたり、異常気象によって国産農水産物が減産されたりして価格が上がったとしても、食料危機に陥るほどの影響はないと思われる。そもそも、日本が穀物を大量に輸入している米国、カナダ、オーストラリアなど先進国は輸出制限をしないと見られる。というのも、こうした国は生産量の半分以上を輸出に回す食料輸出大国であり、それを自ら否定する動きはとりにくい。実際、米国は過去に輸出制限を行ったため、産地の世界地図が激変する失敗をあじわったという。

それでも、食料安全保障をさらに強固にすべきであると、山下氏は訴える。日本の食料自給率はカロリーベースで38%と先進国の中で著しく低いことは、食料安全保障の維持にかかわるからだ。日本はコメを作り過ぎたため、1970年から市場価格が下がらないように減反政策を実施してきた。しかし、それには3500億円もの減反補助金が投じられており、国民はその税を負担し、高い米価に甘受してきた。にもかかわらず、食料自給率は1970年の約60%から大きく下がっている。世界規模では、1961年から人口は2.5倍に増え、コメの生産量は3.5倍も増大しており、コメの生産性の向上が人口増大を上回ってきたにもかかわらず、日本だけがコメを減産し続けてきたのだ。

そこで山下氏が提案するのが、コメの生産調整をやめること。コメが増産されて、需要を上回れば輸出に回せる。その分食料自給率が高まり、より高い食料安全保障が得られるというわけだ。有事のシーレーンで輸出できなければ国内で消費・備蓄すればよいだろう。作りすぎて価格が下がり、農家の儲けが減るならば、国が所得保障をすればよいのだ(直接支払い)。欧米でもかつては価格維持政策を進めていたが、今は直接支払いに移行しており、世界的にもこれを支持する農業経済学者がほとんどだ。

山下氏の試算によれば、コメを約1700万トン生産して、約700万トンの国内消費を差し引くと約1000万トンを輸出でき、食料自給率は63%になる。さらにコメを約3000万トン生産すれば、食料自給率は100%になる計算とのこと。減反補助金の3500億円はコメの価格が下がった分の直接支払いに回すが、500億~1500億円で済み、さらに主業農家が規模拡大で生産性を上げれば、それも不要になるという。

問題なのは、日本のあるべき食料安全保障についての正しい議論がなされず、農政に反映されていないことだと、山下氏は主張する。さらに、そのことをメディアが国民に伝えていないことも指摘した。我々食生活ジャーナリストに突きつけられた課題は大きいと自覚した勉強会だった。

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