・演 題:腸と腸内細菌の凄いおはなし
・日 時:2023年10月26日(木)19時~20時30分
・講 師:國澤 純
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所
ヘルス・メディカル微生物研究センター センター長
・進 行:大村美香
・参加者:会場参加21名、オンライン参加46名
・文 責:大村美香
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腸と腸内細菌の研究は近年、長足の進歩を遂げている。腸内細菌が様々な疾患、健康状態と関わっていることが明らかになってきた。腸と免疫研究の第一人者、医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤純先生にお話いただいた。
腸は体内における最大の免疫臓器で、免疫細胞の半分以上が集中して存在する。腸管局所だけではなく、体全体の免疫バランスに影響を与えており、健康維持における腸管免疫の働きが注目されている。私たちが食べたものは、私たちの体の栄養にもなると同時に腸内細菌のエサにもなる。私たちが何を食べたかは腸内細菌に影響を与えていくことになる。従って、どんな腸内細菌を持っている人がどんなものを食べ、それが免疫にどう影響するのか、3者間の相互作用を見ていくことが大事になる。
腸内細菌については、昔から善玉菌、悪玉菌という言われ方をしていたが、現在はそれだけでは語れない状況。これまでは培養して形や機能を見て、議論していたが、実はほとんどの腸内細菌は培養が難しい。しかし、今では、培養できなくても遺伝子情報をみると、どんな菌がどれだけいるか分かってきて、かなり全容が見えてきた。
今注目されているのが、便移植。健康な人の腸内細菌を移植すれば、病気が治るのではないかという試み。やっていることは非常にシンプルで、健康な人の便を取って、茶こしで漉し、お尻から入れる。実際に、薬では2~3割しか治らない病気が、便移植で94%治るという事例も出てきている。日本でも色々な病気で試されている。実際に行われている現場の話を聞くと、うまくいく事例もあれば、うまくいかない事例もある。病気の種類とか、患者さんの状態もあるが、もう一つ大事なのが、提供するドナーの問題。海外では、なぜだかこの人の便を使うととてもよく治るというスーパードナーという人が出てきた。その人の便を年間150万円以上で買い取るといったニュースも。
いつまでも便だけに頼っていてはいかんだろうということで、日本でも、国内の製薬メーカー、食品メーカー、ヘルスメーカーが集まって、ジャパンマイクロバイオコンソーシアムをつくり、腸内細菌を中心にする腸内環境をターゲットに新しい産業を創ろうとしている。
薬が効くかどうかに、腸内細菌が関わっている事例もみつかっている。内服薬を腸で吸収する前に、先に分解してしまう腸内細菌がいると、体には効かなくなるということも分かってきた。すると、お薬手帳に腸内細菌のデータを付けておいて、データをみながら薬を処方することができるのではないかというアイデアも生まれてきている。
運動能力に関わる細菌も見つかってきている。マラソンの成績が良かった人に多い、ベイロデラという細菌を、鼠に与えるとよく走るようになった。
一番大きなインパクトを与えたのが、ヤセ菌、デブ菌。太りやすい体質などは、遺伝子だけではなく、どんな腸内細菌がいるかによって決まってくるのかもしれないと言われるようになった。人でも確認されつつある。
腸内細菌は人種によって違っていると言われており、日本人はヨーグルトに含まれるビフィズス菌が多く、平均10~15%と言われている。我々が関西の自治体で調べたところ、平均10%と出たのだが、多い人は50%以上、少ない人はほとんどいなかった。個人差が大きい。
腸内細菌についてはエンテロタイプという概念で血液型のように分類している。バクテロイデス型、プレボテラ型、ルミノコッカス型の3種類。バクテロイデス型は脂質・たんぱく質が多い肉食系、プレボテラ型は食物繊維・糖質の多い穀物・草食系。ルミノコッカス型はその中間で、雑食型。私たちの全国調査では、肉食:雑食:草食が4:5:1という結果がえられていた。同じ日本人でも、かなり違っている。
我々は全国で腸内環境と健康に関する調査を実施し、1万人を超えるデータが集まっている。生活習慣に関する情報、健康診断データ、服薬病歴といった情報も同時に。測れるもの全部測っていて、それをデータベース化し、AIを使って解析する。
すると色んな地域特性が見えてきた。例えば、大阪では6:3:1と肉食系がちょっと多い。食事データでは、野菜摂取量が男女とも全然足りてない。食物繊維不足になっていることが影響しているのではないかと予想された。山口県周南市での調査では、大阪よりも肉食系が多く、7:2:1だった。なお、どの型だから病気になりやすいというわけではない。この地域の人たちは、野菜の接種量は全国平均より多かったが、緑黄色野菜以外の野菜が非常に少なく、結果として食物繊維不足になっていた。また30~40代の参加者は、血中のEPA量も東京の人より少なく、魚の摂取量が少ないことがうかがわれた。海も近くて自然の豊かな地域だが、本人の自覚や周りのイメージとは異なる食生活を送っていることが、この調査から見えてくる。
我々は調査データを研究に使うだけでなく、参加者へフィードバックもしている。腸内細菌の調査結果と食事調査の結果をレポートにする。具体的に何を変えたらよいかアドバイス。レポートを返すだけでなく、結果を持って集まって報告会を開く。自分のデータを見ながら気づきを与えることで、どんな行動変容が起こるのかをみる。
周南市の方々の場合、次の年には、不足しがちな緑黄色野菜以外の摂取量が1割アップ。腸内細菌も少しずつ雑食系が増えてきた。
一方でお伝えしても、なかなか変われない人もいる。そこで、商工会議所などとタイアップして、不足しがちな食材を取りませんかという推奨コーナーをスーパーに設けたり、レストランに定食を作ってもらったりした。
よくいただく質問が、どんな腸内細菌だったら良いのかということ。人間社会と一緒で、腸内細菌も多様性が大事。色んな菌がいるダイバーシティのある状態がいいと言われている。多様性を高めるには、食べている食事が非常に大事。食べたものは私たちの栄養になるだけではなくて、腸内細菌のエサにもなるから。色んな食材を含むような食事をすると、それぞれをエサにする腸内細菌が増えて、多様性が高くなる。バランス良く食べましょうというのは、色んな腸内細菌を育てるためにも大事。
不足しがちな食材の代表格が食物繊維。食物繊維を腸内細菌が消化して短鎖脂肪酸を生み出す。この短鎖脂肪酸は腸のエネルギーとなり、また免疫機能を整え、腸内環境を良くする。そこで、いま、短鎖脂肪酸になりやすいような食物繊維、小麦ふすまやもち麦、根菜といった食物を積極的に摂ろうということが言われるようになっている。
食物繊維を起点に菌のリレーで短鎖脂肪酸が産生される。どこかの菌が足りないとリレーが続かない。菌がちゃんとそろっていることが大事。また、どんな腸内細菌がいるかによって、食物繊維の効果も変わってくる。
私たちはこういったデータを全部データベースに入れて、色々解析をしている。そこから見えてきた仮説を、動物モデルなどを使い検証していて、色々な病気の予防や改善効果が期待できる菌や代謝物、それと関係する食品や生活習慣を見付けようとしている。
先ほどお話した、肥満の性質や腸内細菌と共に伝播するという話で、肥満改善に有効とされるアッカーマンシア菌が見つかっている。ヨーロッパでは体重コントロールの菌として承認されており、日本では、機能性食品とかトクホみたいな形でいま、開発が進んでいると聞いている。ただ、日本人ではアッカーマンシア菌は非常に少ない菌だということが分かってきた。
ただ、持っていない日本人が太っているかというとそんなことはない。日本人で肥満じゃない、糖尿病じゃない人に多い菌を探すと、ブラウティア菌というものが分かってきた。この菌が、代謝や糖尿病の改善、腸内環境の改善が期待される物質を産生している。今、我々はブラウティア菌を増やす食材を探すことをやっている。また手っ取り早く薬や食品として飲んでしまうことはできないかという研究も進めている。さらに、ブラウティア菌を簡単に調べるようなシステムの創成や人での安全性や有効性をこれから検証していく。
腸内細菌は日々の食生活を意識すれば変わっていく。ただ良くなったからといってやめると元に戻ってしまう。どういう風に変化しているのか知るためには、調べるシステムが必要。いまは遺伝子で調べることをやっているが、1万から3万円かかり、結果が出るまでに1カ月程度かかる。これをワンコイン1時間で調べることはできないかとチャレンジしており、現時点でも数千円、1日で結果が出せるだろうというところまでにはなってきた。将来的にはショッピングモールで検体を渡したら、買い物をしている間に調べて、「あなたのビフィズス菌は今日何%ですよ、ちょっとヨーグルト取った方がいいんじゃないですか」とアドバイスできるようなシステムにしようと進めている。
また腸内細菌を薬にする、マイクロバイオーム医薬品という取り組みも進められている。その際に重要な考え方が、体の中に吸収されて影響を与えるのは菌ではなく代謝物ということ。菌がいるだけではダメで、何が作られているかが重要。ポストバイオティクスという新しい概念が出てきている。食品成分をもとに菌が作り出す有用な代謝物。先ほどの食物繊維の例でいうと、食物繊維を材料にして腸内細菌が短鎖脂肪酸を生み出す。健康効果をもたらすのは、菌ではなくポストバイオティクスである短鎖脂肪酸、という考え方。
亜麻仁油で飼育したマウスでは、各種アレルギーの症状が軽減することが確認されている。オメガ3脂肪酸を微生物が分解して産生するポストバイオティクスの一つがαKetoAという物質。しかし、人のデータを調べてみると、同じ油を取っても、作られる代謝物には個人差がある。
このように、健康に良いと言われる食品を摂取しても、期待通りの健康効果が得られる人と得られない人がいる。両者を比較し、腸内細菌などのデータを用いたAI解析をすることで、個別に食品の健康効果を予測することができるのではないか。また効かない人に対しては、代替法の提案をしていく。この代替法として期待しているのが納豆などの発酵食品。このようにして個人ごとに適した食事を提案できる精密栄養学を実現したい。
この後、参加者との質疑応答があり、「多様な食事をすれば腸内細菌の種類は増えるのか」「抗生物質を摂取した場合の腸内細菌への影響は」など質問が次々と寄せられ、いったん会が終了した後も質問が続き、意見交換が行われた。