日本一の農業県はどこか--日本の「食と農」を鋭く斬るジャーナリストの視点
【2024年度第1回勉強会】

・演 題:日本一の農業県はどこか--日本の「食と農」を鋭く斬るジャーナリストの視点
・日 時:2024年5月15日(水)19時~20時30分
・講 師:山口 亮子/ジャーナリスト
・進 行:中野 栄子
・参加者:会場参加15名、オンライン参加35名
・文 責:中野 栄子
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日本の農業は今、大きな変革期にあり、解決すべき問題がまだ多く放置された状態だ。長年農業を取材するジャーナリストの山口亮子氏は、独自の視点からその問題に斬り込んだ。それを著した『日本一の農業県はどこか-農業の通信簿-』(新潮社)で、第8回食生活ジャーナリスト大賞(2023年度)のジャーナリスト部門を受賞。山口氏に著書のエッセンスを語ってもらった。

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昨今、日本の農業従事者の高齢化が進み、離農者が増えている。このままでは日本の農業は消滅してしまうのでは、という不安もささやかれている。実際、日本の農業は弱体化を極めている。農業産出額は1984年をピークに減産しており、特にコメは2021年、前年度比16.6%の減産となった。それに対して山口氏は「農家の数が減るのは問題ない。それ自体は危機ではない」ときっぱり。戦後、農家の数は減少しているのは事実。それに伴って農地が集約され規模拡大となればいいのだが、圃場は分散されたままで効率化が図れないことが問題だという。

「効率化」、すなわち「生産性の向上」は他産業では当たり前に取り組まれていることが、農業においてはほとんどなされていないと山口氏は指摘する。零細で儲からない農家が何もせずにひしめき合っているという構造が透けて見えるが、なぜなのだろうか。。一方で、日本全国を見渡すと、農業の効率をアップさせ、特産品をブランド農産物にまで作り上げている優良産地もある。このような違いは、なぜおこるのだろうか。

こうした疑問に対して山口氏は、既存の評価軸では解明できないとして、宮城大学の大泉一貫名誉教授が発案した評価軸を用いて独自に分析。投じた県の農業予算に対してどのくらいの成果・結果が得られたか、コストパフォーマンス(コスパ)を算出した。コスパの計算式は、各都道府県の農業産出額を、農業関連予算で除したもの。1円の予算で稼いだ農業産出額が出てくる。算出された全国47都道府県をランキングした、まさに書名にある「都道府県の通信簿」だ。

都道府県のランキングといえば魅力度ランキングが有名だが、その最下位を争う常連県が群馬県、茨城県、栃木県の北関東3県だ。テレビ番組でもこの3県の自虐ネタがよく取り上げられている。驚くことに農業コスパランキングでは、1位群馬県、2位茨城県、3位栃木県と、魅力度ランキング最下位3県がそっくり最上位3県となった。山口氏もこれには意外だったようで、農業産出額、食料自給率が1位、「日本の食料基地」とも呼ばれる北海道こそがランキング1位になると予想していたところ、北海道は上位とは言い難い12位に甘んじた。

それではなぜ群馬県が1位になったのか。その謎解きが山口氏の著作の真骨頂で、次に説明する。簡単に言うと、日本の農業はコメ関係の予算が突出的に大きいということだ。コメの価格安定のために、コメを作らせないことにも重点的に予算が割かれている。逆に言えば、コメ以外の作物関係への予算拠出は少ない。群馬県など北関東では、首都圏という大消費地を後背地に持ち、コメ以外の換金作物を積極的に作ってきた。伸び盛りの畜産は北関東でも盛ん。栃木県はイチゴブランドのとちおとめが全国的な人気を誇っているし、茨木県はサツマイモの優良産地だ。輸送費も抑え、産地直送にして流通経費も削減できる。結果、コスパ抜群ということになる。

一方、下位は最下位から順に、石川県、福井県、富山県の北陸3県が並んだ。いずれも農地に占める水田の面積の大きく、兼業農家が多いのが特徴だ。思いっきりコメに予算を割いてもらうも、兼業農家ゆえに生産規模はそれほど多くはなく、結果コスパが最悪という結果となった。

しかも北陸3県では、「こんなに儲からないコメ作りはやってられない」として販売農家(耕作地が10アール以上、または50万円以上販売する、いわゆるプロ農家)が急減しているという。ところが、これによってかえって農地が流動化し、日本農業の目指すところの大規模集積化につながりつつある。皮肉にも農業の通信簿の最低の成績が、次世代の日本の農業行方を占うことになったといえる。

講演の最後には、参加者とともに「農業の通信簿」の是非についても議論が及んだ。「一般に通信簿は絶対評価で、ランキングが高ければ良くて低ければ悪いということか」という質問に対しては、「統計数値は分かりやすい半面、そうだとは言い切れないところもあるが、コメのコスパが低いことについては私も望ましくないと思う」と、山口氏は強調した。「とはいえ、机上の空論を言ってもしようがないので、現場で取材して今後の農業がどうあるべきか考えていかなければならないと思う」と締めくくった。

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