・演 題:世界初の日本酒学(Sakeology)とは?新潟大学の挑戦
・日 時:2024年8月1日(木)19時~20時30分
・講 師:平田大/東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野 教授
・進 行:大森亜紀
・参加者:会場参加21名、オンライン参加22名
・文 責:大森亜紀
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新潟大の「日本酒学センター」は、世界初の「日本酒学(Sakeology)」を推進する文理融合の教育研究拠点です。センターが誕生した舞台裏や日本の酒を大学が研究する意義について副センター長の平田大新潟大教授にお話しいただいた。
平田大氏の経歴:新潟県の造り酒屋の14代目に生まれ、新潟県醸造試験場や広島大で清酒酵母の育種や酵母を用いた健康長寿の研究。久保田で知られる朝日酒造の取締役や新潟県酒造組合の副会長を経て、2020年から現職。
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坂口謹一郎氏の著書「日本の酒」に「世界の歴史をみても、古い文明は必ずうるわしい酒を持つ」という言葉がある。酒は人に寄り添い、人をつなぐなど、なにがしかの役割を果たしてきたものだと思う。
日本の醸造酒は、米と麹、水を原料とし、糖化とアルコール発酵が同時に行われる並行複発酵というユニークな製造方法によって生まれる。
日本国内の日本酒の出荷量はこの30年間減り続けているが、新潟県が占めるシェアは1989年の4・6%から2021年の8・2%とあがっておる。とりわけ吟醸酒のシェアが21年は21・5%となっていて、市場に出回っている吟醸酒の5本に1本が新潟産となっている。
輸出量を見ると、コロナの前までは前年比5~10%増となっていたが、コロナでブレーキがかかった。今、力強く戻ってきている。輸出先をみると、日本全体では、アメリカ、中国、香港の順で多いが、新潟はアメリカ、韓国で中国がない。東日本大震災以来の禁輸が続いている。
新潟県内には89もの酒造会社があり、国内で最も多い。それぞれ個性と味が異なる。日本酒の原料の80%は水で、醸造用水の方が水道水より厳しい基準が設けられている。水の硬度はカルシウム(酵素の生産・溶出)とマグネシウム(醸造微生物の増殖・発酵に必要)の含有量で決まり、京都の伏見や広島の西条、兵庫の宮水は中硬水から硬水で、カルシウムやマグネシウムが非常に豊富で発酵に適している。新潟は軟水で、飲んでおいしいけれども発酵がゆるやかに進む。水の性質が各地の酒質に影響を与えている。
新潟は冬に雪が降ることで、発酵に三つの利点がある。空気中のダストを落としてくれ、低温を保ち、雪に埋もれると蔵を保温してくれるからだ。日照時間について、5~10月までは東京より多く、コメの栽培に適している。新潟県は、1957年に酒造好適米で早生の「五百万石」を作っている。晩成品種の山田錦の栽培には不向きだったが、山田錦と五百万石を掛け合わせた「越端麗」を県が2004年に開発している。新潟県内でしか使用できない。
新潟県には県立のレベルでは日本酒に特化した唯一の研究教育機関である醸造試験所がある。昭和5年に新潟県醸造組合が建物を建てて、県に運営を移管するという形で誕生し、1981年に改築して精神的な支柱となっている。マスターブルワリー、杜氏を養成する酒造組合立の清酒学校も1984年に誕生。3年制でこれまでに579人が卒業し、74人の杜氏が誕生して、そのうち44人が現役で活躍している。
こんなにオンリーワンのものがたくさんあって、海外でさらに展開するのに、何かピースが足りないと思っていた。そんな時、2016年に新潟大学の農学部と経済学部の2人の若い先生が新潟県酒造組合にやってきて、日本酒に関係する研究所を作りたいという話があった。組合では総合大学としての新潟大をあげての取り組みであれば協力すると返事をして、その年の12月26日に学長が組合に来訪。それで歴史が動いて、翌年の5月に県と県酒造組合、新潟大学の3者が連携協定を締結し、新潟大学に日本酒学の世界的な拠点を作ることになった。
日本酒学(Sakeology)は、対象を日本酒に絞って、すべての学問を網羅する世界初の学問領域。研究、教育、国際交流と情報発信の拠点として、日本酒学センターがある。フランスのボルドーにあるISVVやワイン博物館やアメリカの西海岸のUCデービスとも連携している。2018年から始めた日本酒学の学部の講義は最も人気が高い講義の一つになっている。大学院の日本酒プログラムも設け、文系、理系両方の人材が学んでいる。日本酒学センターは全学共同教育研究組織で、醸造ユニット、社会・文化ユニット、健康ユニットがあり、国際教育プラットフォームでも日本酒学の講義を提供したり、文化庁からの助成を受けて日本酒学の映像プログラムをYouTubeで公開している。 ワインを研究する山梨大学、焼酎の鹿児島大学とも連携協定を結び、シンポジウムも開いている。世界に日本酒を発信するためのフロントランナーとして今後も活動していきたい。